ホンダ創業者・本田宗一郎氏の夢「ホンダジェット」羽田で公開!開発から半世紀で実現
羽田空港で初の公開
半世紀以上も前からジェット機市場への準備をしてきたホンダは4月23日、米国で開発・製造した小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」を羽田空港で公開し、記念式典を行いました。
ホンダによるとエンジンは防音性能に優れ、競合モデルに比べ約20%の燃料消費の節約。速度性能は圧倒的な420ノット(時速780km)を達成しました。ホンダの創業者、故・本田宗一郎氏の夢が叶いました。
宗一郎氏氏の夢から半世紀で実現
故・本田宗一郎氏は、昭和37年に航空機市場参入を宣言。その後、昭和61年からは本格的に研究開発に着手し30年を経てついに創業者の夢が実現しました。
3月9日には,米ノースカロライナでFAA(米連邦航空局)とホンダエアロの幹部が1枚の書類にサイン。ホンダジェット搭載の「HF120」が製造認定を受け出荷できることになりました。米国で23年ぶりのジェットエンジンメーカーが生まれました。
宗一郎氏氏、四輪参入の裏ではジェットエンジン開発も
ホンダジがェットエンジンの土台となるガスタービンの開発に着手したのは昭和37年。故・本田宗一郎氏は当時の通商産業省に何度も怒鳴り込み,四輪車参入を拒む動きに翻しものの、裏ではジェットエンジンを自動車の原動力に使えないかと考えたと言います。
宗一郎氏は、「世の中にないモノを作る」という高い壁に望み、「二重反転式のプロペラ」を選択しました。その後,平成3年末には二重反転式に見切りをつけターボファンという通常方式に切り替えられました。
羽田から岡山、成田,欧州でお披露目
7人乗りのビジネスジェット機「ホンダジェット」は、近く米国で納入を開始し,正式に事業化します。これに先立ち世界一周するワールドツアーを敢行。日本で先陣を切り5月には岡山や成田空港でも一般公開されます。その後は、スイスなど欧州各国に飛び立つ予定です。
ホンダは、タカタ製エアバックや主力車のリコール(回収・無償修理)問題に揺れるなか,ものづくり力を結集したジェット機を浮揚の糧にする方針です。
関連記事:「「ホンダジェット」エンジン量産開始!すでに欧米から100機受注、潜在する日本市場も視野へ」[2014.11.22配信]
[2015.5.2]
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