事業再生・会社再建・M&A・事業譲渡・会社分割・経営改善・債務・連帯保証問題に立ち向かうセントラル総合研究所・八木宏之のブログ

季節のお便り

◆二十四節気◆令和6年(2024)4月19日「穀雨(こくう)」です。◆

令和6年(2024)4月19日23時00分「穀雨」です。旧暦3月、辰の月の中気で、新暦4月20日頃。天文学的には太陽が黄経30度の点を通過するときをいいます。

穀雨(こくう)とは「百穀を潤す春雨」のことです。また、穀物の成長を助ける雨のことで、暦便覧には「春雨降りて百穀を生化すればなり」と記されています。
この頃は春雨のけむるがごとく降る日が多くなり、田畑を潤して穀物などの種子の生長を助けます。種まきの好機です。

雨が長引けばそれは「菜種梅雨(なたねづゆ)」です。菜の花の咲く頃の長雨のことで、これを「春霖(しゅんりん)」ともいいます。穀雨の終わり頃に茶摘み唄に詠まれた「八十八夜(はちじゅうはちや)」があります。

暦の上で春節、最後の二十四節気です。来月に入り5月の「立夏」からいよいよ夏の到来です。

◆◆七十二候◆◆

◆初候「葭始生」(よし はじめて しょうず)葦(あし)が芽を吹き始める。
◇水辺に葦〔※〕が芽を吹き出し始める時節。
◆次候「霜止出苗」(しも やんで なえ いず)霜が終わり稲の苗が生長する。
◇ようやく霜も終わりの頃となり、苗代では稲の苗が生長する時節。
◆末候「牡丹華」(ぼたん はな さく)牡丹の花が咲く。
◇牡丹が大きな花を咲かせる時節。華く(はなさく)=花が咲く。

※葦(あし):ヨシまたはアシ(葦、芦、蘆、葭)は、温帯から熱帯にかけての湿地帯に分布。「ヨシ」という名は、「アシ」が「悪し」に通じるのを忌んで、逆の意味の「良し」と言い替えたのが定着したもの。関東では「アシ」、関西では「ヨシ」が一般的。

◆◆穀雨の頃の花◆◆

ボタン(牡丹) 学名 Paeonia suffruticosa ボタン科ボタン属の落葉小低木。または、ボタンの総称。

原産地は中国西北部。薬用として利用されていたが、牡丹の花が「花の王」として愛好されるようになった。当時は「木芍薬」と呼ばれていた。公的に制定した記録は見られないが、清国では1929年までは中国の国花であったとされる。

春牡丹:4~5月に開花する一般的な品種。
寒牡丹:春と秋に花をつける二季咲きの変種。通常は、春にできる蕾は摘み取り、秋にできる蕾のみを残し10月下旬~1月に開花。
冬牡丹:春牡丹と同じ品種を1~2月に開花するよう、特に手間をかけて調整したもの。

根の樹皮部分は「牡丹皮(ぼたんぴ)」として大黄牡丹皮湯、六味地黄丸、八味丸など漢方薬の原料になる。薬効成分ペオノールが消炎・止血・鎮痛などに効く。

「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」という美女の形容として使われる言葉がある。

花言葉は「王者の風格」

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

穀雨の時期、つい3週間前は花見で寒さの残る春でした。春の雨がこのまま梅雨に入るのでは......と思うような日が続きます。まさしく菜種梅雨のような雨です。
暖かくて、いい陽気になってきましたが、風の強い日は寒さを感じます。
薄着でお風邪などお召しにならないようにお体ご自愛専一の程
筆者敬白

◆二十四節気◆令和6年(2024)4月4日「清明(せいめい)」です。◆

令和6年(2024)4月4日10時13分「清明」です。旧暦3月、辰(たつ)の月の正節で、春分から15日目にあたります。天文学的には、太陽が黄経15度の点を通過するときをいいます。

清明は「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」の略。「万物ここに至って皆潔斎なり」と称し、春先の清らかで生き生きした様をいったものです。春気玲瓏(れいろう)にして、桜や草木の花が咲き始め、万物に清朗の気が溢れてきます。

暦便覧では「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」とあり、草花の芽が出る頃とあります。また、招福暦では「万春の陽気満つ、桜花開くとき」と此芽を桜花としています。七福神と桜の相性がいいからかもしれません。

沖縄では、「清明祭(シーミー、ウシーミー)」という墓参の行事が行われます。墓前に一族縁者が集まり、お酒やお茶、お重に詰められた料理を供え、そのお下がりをいただくのがしきたりになっています。もとは中国から伝わった風習ですが、沖縄の習俗として定着しています。
中国の「清明節」では、祖先の墓を参り、墓掃除をする日とされ「掃墓節」が一般的です。また、春を迎えて郊外を散策する日であり「踏青節」などとも呼ばれます。

清明前に摘んだ茶葉を「明前茶」、清明から穀雨までに詰まれた茶葉を「雨前茶」、穀雨以降の茶葉を「雨後茶」といいます。清明節に近い時期に摘む茶葉は、特に香りと甘みがあり、高級茶葉の扱いをされます。

◆◆「七十二侯」◆◆

初候「玄鳥至」(げんちょう いたる:つばめ きたる)
◇玄鳥(つばめ)が毎年いつものように南からやって来る時節。玄鳥=つばめの異称。
次候「鴻雁北」(こうがん きたす)
◇雁が北へ渡って行く時節。鴻雁=渡り鳥のがん(鴻鴈)北する=北方へいく、かえるの意。
末候「虹始見」(にじ はじめて あらわる)
◇雨の後に虹が出始める時節。

◆◆「4月の花」◆◆

「桜」さくら Japanese cherry 薔薇(ばら)科サクラ属 原産国日本
学名:Prunus × yedoensis(染井吉野)/Prunus lannesiana var. speciosa(大島桜)/Prunus jamasakura (山桜)

日本の桜の8割以上が、薄いピンク色の花を付ける「染井吉野(そめいよしの)」です。白花でよく見かけるのは「大島桜(おおしまざくら)」。桜が満開で素晴らしい眺めのことを「桜花爛漫(おうからんまん)」といいます。

開花時期 4月1~10日頃。気象庁が発表する全国の桜の開花前線予想は、1日の平均気温が10度を超えたら「開花」とし、実際の開花宣言は各地の標本木の花の咲き具合をもとになされます。開花宣言から1週間ぐらいあとが見ごろです。
南北に長い日本の桜の開花時期は、3月中旬から6月中旬にかけて。新聞やテレビは、毎日、桜前線がどこまで北上したかを報じ、各地の桜の見どころを紹介します。

桜の霊「木之花咲耶姫(このはなさくやひめ)」が、最初の桜の種を富士山から撒き、「さくやひめ」の名から「さくら」になったと伝わります。「この花(桜)のように美しい姫」の喩え。

江戸時代、駒込の染井村から植栽が始められました。はじめは見事な桜の代名詞として「吉野桜」と呼ばれましたが、誕生地の「染井」の名を加えて「染井吉野」と呼ばれるようになりました。

「山桜」は、花が咲くのと葉が出てくるのがほぼ同時で、葉が茶色いのが特徴ですが、5月を過ぎると緑色の葉になります。「桜餅(さくらもち)」に使われるのは大島桜の葉。独特の香りは、若葉を塩漬けにしてクマリンという成分の香りを引き出すことで生まれます。これは防腐剤の役目。

「サクランボ」は、西洋桜などにしか実りません。ソメイヨシノなどの桜にも5月頃に赤い実がなりますが、サクランボより小さくて固いものです。日本の国花「桜」は、山桜のことです。他には「菊」。ソメイヨシノは東京都の花、富士桜は山梨県の県花です。

花言葉
桜......「優れた美人」「純潔」「精神美」「淡泊」「優美」など。
山桜......「あなたにほほえむ」

◆◆お花見◆◆

花見とは、桜の花を観賞するためにお弁当やお酒を持参して山野へ出かける行事のことです。もともとは3月3日「上巳の節句」と同じく、祓えのために山野へ出かける宗教的な儀式のひとつでした。期日も3月3日または4日と決められており、「花見の勧進」などという行事が行われていました。多くは4月8日を花見の日としていたようで、この日を「春の祭礼の日」とする社寺が多いことでもわかります。

奈良・平安時代には、花を見て歌を詠んだり、踊りに浮かれたりという楽しみがありました。宮中では連日花の宴が持たれ、歌を詠み、酒を酌み交わしていました。この時代に花を詠んだ歌が、数多く残っているのはこのためでしょう。

「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」小野小町(『古今集』『百人一首』)

江戸時代になると、花見は庶民のあいだにも広がっていきました。江戸中期、元禄時代には盛んに花見が行われるようになり、かくして江戸は「花のお江戸」となったのです。

東京で桜の名所といえば、上野公園、新宿御苑、千鳥ヶ淵(皇居)、隅田公園、飛鳥山、小金井公園、井の頭公園、荒川堤、向島、江戸川、明治神宮、靖國神社などです。

お花見につきものなのが、花見団子桜餅。花見団子は、赤・白・緑の三色団子を串に刺したもの。桜餅は食紅で桜色に染めた餅を桜の葉で包んだものです。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

今年も各地で桜が開き始め、満開になるのは平年よりもすこし早いそうです。皇居の千鳥が淵では、毎年、桜並木を全長700mのLEDでライトアップし実に幻想的な光景が浮かび上がります。今年も夜桜を観られることを嬉しく思います。
思い起こせば半世紀近く前、新入社員だった私の初仕事は、花見の場所取りでした。午前中から降っていた雨が夕方に止んだころ、桜並木がライトアップされたことを思い出します。
毎年のことですが、石神井公園や上野公園などで、マナーが悪くて近隣の住人に迷惑をかけたり、急性アルコール中毒で救急搬送されたりする人がいます。節度を持ってエコな花見を心がけましょう。
夜風は身体に毒です。夜桜見物でお風邪などお召しになりませんようお体ご自愛の程
筆者敬白

20240320_shunbun_01.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像
◆二十四節気◆令和6年(2024)3月20日「春分(しゅんぶん)」です。◆

令和6年(2024)3月20日12時06分「春分」です。旧暦2月、卯(う)の月の中気で、天文学的には太陽が黄経0度「春分点」を通過するときをいいます。

春分を境に昼がだんだん長くなり、気温も上昇していきます。「暑さ寒さも彼岸まで」といい、この時期から春の訪れを感じられます。これは「冬の寒さは春分頃まで、夏の暑さは秋分頃までには和らぎ、しのぎやすくなる」という意です。また、暦便覧「日天の中を行て昼夜等分の時なり」と記されているとおり、春分では太陽は真東から昇って真西に沈み、昼夜の長さがほぼ同じになります。

実際には、昼の方が夜よりも長く、春分の日の昼の長さは平均12時間7分、夜の長さは平均11時間53分です。昼夜の長さの差が最も小さくなる日は、春分の4日ほど前になります。

◆春分点とは
春分点は、天球上で黄道と赤道が交わる2つの交点のうち、太陽が赤道の南から北へ向かって横切る点のこと。この点が黄経0度で、赤経・黄経の原点となります。歳差により毎年わずかずつ移動し、20世紀末ごろに水瓶座に入ったといわれています。

「黄道(こうどう)」とは、天球上における「太陽の道」のこと。黄道は、赤道に対して23.4度傾いています。地球の公転面の垂線に対する地軸の傾きによるものです。

黄道と赤道の交点を「分点」といい、黄道が南から北へ交わることを「春分点」といい、黄道が北から南へ交わることを「秋分点」といいます。秋分点での黄経は、180度です。

「天の赤道」とは、地球上の赤道を天球に延長させた大円のことです。恒星や惑星の位置を決める基準となります。ちなみに「月の通り道」は「白道(はくどう)」といいます。

■「七十二候」■

初候◆雀始巣(すずめ はじめて すくう)
春の気ますます盛んとなり、雀が巣を作り構え始める時節。
次候◆桜始開(さくら はじめて ひらく)
本格的な春となり、ようやく桜の花が咲き始める時節。
末候◆雷乃発声(らい すなわち こえを はっす)
遠くで雷音が聞こえる時節。

◆春分の頃の花◆

水仙(スイセン) ヒガンバナ科スイセン属

開花時期は12/15頃~翌4/20頃。日本水仙、房咲き水仙など、早咲きものは正月前にはすでに咲き出している。3月中旬頃から咲き出すものは花がひとまわり大きいものが多い。ラッパ水仙や口紅水仙などの遅咲き系は、3月から4月頃に開花。

地中海沿岸原産。平安末期に中国から渡来した。漢名の「水仙」を音読みして「すいせん」になった。中国古典から「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という。きれいな花の姿と芳香がまるで「仙人」のようなところから命名された。

日本水仙が最もポピュラー。別名「雪中花(せっちゅうか)」、雪の中でも春の訪れを告げる花から。

◇春分の日◇

この日、国民の祝日「春分の日」となっています。「自然をたたえ、生物を慈しむ」との趣旨です。春分の日は、春の彼岸の中日にあたり、大東亜戦争前は「春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)」といっていました。

◇春季皇霊祭◇

「春季皇霊祭」とは、もと祝祭日の中の大祭日のひとつ。毎年、春分の日に宮中の皇霊殿で行われる皇室の大祭で、天皇自ら歴代の天皇・皇后・皇族などの皇祖の神霊を祀る儀式です。春の春季皇霊祭、秋の秋季皇霊祭がそれぞれ春分の日、秋分の日です。

平安時代の中期以降は、京都御所の清涼殿・御黒戸の間において仏式で執り行われていました。しかし、明治の神仏分離令により、神式による祭儀に変更されました。『古事記』『日本書紀』などに、皇室による先祖を祀る祭儀が行われていたと記録されています。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

桜の開花予想が報道されています。そしてスギ・ヒノキの花粉の飛散情報も毎日確認している人も多いでしょう。春になると植物も活発に動き始め、こうして良くも悪くも私たちの生活に変化をもたらします。
感染症対策のみならず花粉対策でもマスクが手放せない季節です。
読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

◆二十四節気◆令和6年(2024)3月5日「啓蟄(けいちつ)」です。◆

令和6年(2024)3月5日11時23分「啓蟄」です。旧暦2月、卯(う)の月の正節で、新暦では3月5日か6日頃。天文学的には、太陽が黄経345度の点を通過するときをいいます。

「蟄(ちつ、ちゅう)」は、土の中に虫などがかくれているの意。この頃になると、冬の間、土中で冬籠もりをしていた虫たちが穴を「啓いて(ひらいて)」地上へ這い出してくることから「啓蟄(けいちつ)」と呼ばれます。中国では啓蟄を「驚蟄」と書き、日本でも使われることがあります。

暦便覧には「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり」と記されています。柳の若芽が芽吹き、ふきのとうの花が咲く頃です。

◇虫出しの雷◇
この頃の雷を「春雷(しゅんらい)」といいます。春雷がひときわ大きく響く時期で、人は「冬籠もりの虫が雷の音に驚いて這い出してくるのだろう」と考え、春雷を「虫出しの雷」と名付けたりもしました。日脚(ひあし)も目に見えて長くなり、陽光の明るさとあたたかさの中に春を強く感じるようになります。

◇雷は前進の意◇
「八卦(はっけ、はっか)」「震(しん)」は、「六十四卦(ろくじゅうしけ、ろくじゅうしか)」「震為雷(しんいらい)」「震下震上(しんかしんしょう)」で構成され、一陽が生じて前進する様をあらわします。「始動の時」を卦象とし、象意は雷・龍・足・長男・若い男性などをあらわします。

◇雷の発生とは◇
地表で大気が温められて発生した上昇気流は、湿度が多いと水蒸気が発生して雲になります。この水蒸気は、高い空に達すると氷結して摩擦が起こり、静電気が生じます。
この時、雲の上層には「正(+)の電荷」、下層には「負(-)の電荷」が蓄積され、上層と下層の電位差が大きくなり、ある一定を超えた時、空気の絶縁を越えて両者間で放電が起こります。

◇稲妻◇
下層の「負の電荷」が増大すると、地上では「正の電荷」が誘起され、この場合も電位差がある一定を超えると放電が起こります。 これが「稲妻」ですが、稲の頃に起こるので稲妻という名付けられました。電子は上から下に流れ、電流は下から上に流れます。

◇雷と神◇
古来より、雷は神と結びつけて考えられていました。ギリシャ神話のゼウス、ローマ神話のユピテル、バラモン教のインドラなどは、天空の雷神です。日本神話では、雷を「神鳴り」といい神々の為せる業と見なしていました。
各地にある「雷電神社」「雷(かみなり、いかづち)神社」は、「火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)」や「大雷神(おおいかづちのかみ)」などを祀っています。

◇くわばらくわばら◇
雷のことを方言で「かんだち」とも言い、「神立ち」すなわち神が示し現れることを意味します。ちなみに雷除けに人々が唱える「くわばらくわばら」は、菅原道真の屋敷(京都の桑原)が落雷の被害をいちども受けなかったことに由来するという説もあります。桑の木には神聖な力を持つという言伝えもあります。
雷神を表現した美術作品の代表に、京都建仁寺の障壁画、彫刻では京都三十三間堂や日光東照宮などが有名です。

◆◆「七十二侯」◆◆

◆初候「蟄虫啓戸」(ちっちゅう こをひらく・すごもりむし とをひらく):冬籠もりの虫が出て来る。
土の中に穴を掘って隠れていた虫たちが、土の扉を開け広げて出てくる時節。
◆次候「桃始笑」(もも はじめて わらう・もも はじめて さく):桃の花が咲き始める。
ようやく春らしくなって桃の花が咲き始める時節。
末候「菜虫化蝶」(なむし ちょうと けす・なむし ちょうとなる):青虫が羽化して紋白蝶になる。
成長した菜虫(青虫)が羽化して紋白蝶になる時節。菜虫=大根・かぶらなどのアブラナ科の野菜類を食べる昆虫の総称。特に紋白蝶の幼虫をいいます。

◆◆「3月の花」◆◆

「沈丁花(じんちょうげ)」 学名:Daphne odora ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属の常緑低木。中国名は「瑞香(ずいこう)」。Daphne はギリシア神話の女神ダフネにちなみ、odora は「芳香がある」の意。

開花時期は2~4月で、春の開花ラッシュの先触れとして知られます。花びらに見える部分はガクで、外側はピンク色、内側は白色です。両側とも白色の種もあります。原産は中国。日本には室町時代にはすでに渡来していたようです。

常緑低木で剪定はあまり必要ありません。移植を嫌うので、挿し木で増やしたり移動させたりすることがあります。日陰気味の場所を好みます。

「沈丁花」の名は、花の香りを「沈香(じんこう)」と「丁字(ちょうじ)」にたとえたもの。沈香とは、ジンチョウゲ科の樹木からとる香木で「伽羅(きゃら)」とも呼ばれます。丁子は、漢方の生薬のひとつで、フトモモ科チョウジのつぼみを乾燥させてつくります。「丁香(ちょうこう)」「クローブ」とも呼ばれます。

沈丁花は、夏の梔子(くちなし)、秋の金木犀(きんもくせい)に並んで日本の三大芳香木に数えられ、遠くまでいい香りを届けます。

花の煎じ汁は、歯痛・口内炎などの民間薬として使われ、枝の繊維は紙の原料にもなります。

花言葉は「栄光」「不死」「不滅」「優しさ」など。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

「啓蟄」の頃、突然雷が鳴ることがあります。大気が不安定になり、変わりやすい天候は「春の訪れ」を告げるようです。
川べりの土手にタンポポの蕾が大きくなってきます。近々黄色い花を咲かせるでしょう。

社会では受験、就職、入学、進学の報道が目立ってきます。年度始まりの4月を控えて準備や、整理、処理でなにかと気忙しい日が続きます。
落ち着かない時期ですが、ともあれ皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

◆二十四節気◆令和6年(2024)2月19日「雨水(うすい)」です。◆

令和6年(2024)2月19日13時13分「雨水」です。旧暦正月、寅(とら)の月の中気で、新暦2月18日か19日頃。「立春」後15日目にあたります。天文学的には、太陽が黄経330度の点を通過するときをいいます。

天からの雪が雨に変わり、積った雪が溶け始めるころ。「雪散じて水と為る也」『暦林問答集』にあるように、今まで降った雪や氷が解けて水となり、雪が雨に変わって降るの意が「雨水」です。
また、『暦便覧』には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と説かれています。この頃から寒さも峠を越え、春の息吹が感じられます。昔から「雨水」の日を目安にして農耕など畑仕事の準備を始めます。暖かい日和が続き春一番〔※〕が吹き、鶯(うぐいす)〔※〕の声が聞かれるようになります。

※春一番(はるいちばん):気象庁では、立春から春分までで、日本海で低気圧が発達し、南寄りの風(東南東から西南西で風速8m以上)が吹いて、暖かい風の影響で気温があがる現象のことと定義されています。

※鶯(うぐいす):スズメ目ウグイス科ウグイス属の野鳥。日本三鳴鳥(にほんさんめいちょう:ウグイス、オオルリ、コマドリ)のひとつ。「ホーホケキョ」とさえずります。
鶯は早春、梅の咲く頃にさえずり始めることから「春告鳥(はるつげどり)」とも呼ばれます。日本全国に分布し、冬季は暖かい土地へ移動して冬を越します。

野辺見れば 若菜つみけりむべしこそ 垣根の草も春めきにけれ――紀貫之『拾遺集』
次の二十四節気は「啓蟄(けいちつ)」。小さな生きものたちが冬ごもりから目を覚まし、季節は「春分」へと移り変わります。

■七十二候■

◆初候「土脉潤起」(どみゃくうるおいおこる・つちのしょううるおいおこる)
雨が降って土中に湿り気を含み出す時節。脉(みゃく)=脈の俗字。潤い=降雨があること。
◆次候「霞始靆」(かすみはじめてたなびく)
霞がたなびき始める時節。来る春への期待がふくらむ頃。靆(雲へんに逮)・たい=たなびく。古訓で、霞や雲が薄く層をなして横に長く引く意。
◆末候「草木萠動」(そうもくきざしうごく・そうもくめばえいずる)
草木が芽吹き始める。

◆◆「2月、雨水の花」◆◆

「桃(もも)」学名 Prunus persica バラ科スモモ属の落葉小高木、または、その果実や花を指します。

春には五弁または多重弁の花を咲かせ、夏には水分が多く甘い球形の果実を実らせます。原産地は中国。食用・観賞用として世界各地で栽培されています。花は淡い紅色であるものが多く、白色から濃紅色まで様々な色のものがあります。五弁または多重弁で、多くの雄しべを持っています。花の柄は非常に短く、枝に直接着生しているように見えます。

観賞用の品種(花桃)は源平桃(げんぺいもも)枝垂れ桃(しだれもも)などがあり、庭木や華道での切り花としてこの季節に用いられています。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

春はすぐそこまで来ています。
暦の上では「立春」からが春ですが、この時期、実際の季節はちょうど晩冬と早春の変わり目にあたり、短い周期で冷たい寒気がやってきて日本海側に大雪を降らせたりします。
「雨水」の頃になると、水戸偕楽園をはじめ、各地の天満宮などの梅の名所では「梅祭り」が開催されます。関東では2月上旬ごろから3月にかけて開催されるところが多いようです。近年は梅の開花時期も早まりました。

読者の皆様、季節の変わり目です。
体調を崩さないようお体ご自愛専一の程
筆者敬白


◆二十四節気◆令和6年2月4日「立春(りっしゅん)」です。◆

令和6年(2024)2月4日17時27分「立春」です。旧暦正月、寅(とら)の月の正節で、新暦2月4日頃にあたります。天文学的には、太陽が黄経315度の点を通過するときをいいます。

旧暦では、立春の日が「一年のはじめ」とされ、この日の前夜を年越しとする風習があります。このため正月節、歳首節ともいいます。
前日の「節分」までは前の年で、「立春」からは新年ということになります。日ごとに日足が伸び、木々が芽吹き出し、春の気配を感じるようになります。暖かい地方では、梅の花が咲き始めます。立春以降に、初めて吹く南寄りの暖かい突風が「春一番」です。

禅寺など寺院の入り口には、早朝に「立春大吉」と書いた紙札を貼る習慣があります。これは「厄除け」とされていますが、立春大吉の文字を縦に書くと、左右対称になります。文字が対称であるところから、話を分け隔てなく聞き公平に接することで、大きな災難に巻き込まれないという謂れです。

四季では、立春から立夏までが「春」です。また立春は、暦の上での雑節の基準になる日です。この日から数えて「八十八夜」「土用」「二百十日」などを算出します。

◆◆「七十二侯」◆◆

◆初候「東風解凍」(とうふうこおりをとく=はるかぜこおりをとく)
東風が厚い氷を解かし始める時節。
◆次候「黄鶯睍睆」(こうおうけんかんす=うぐいすなく)
うぐいすが山里で鳴き始める時節。黄鶯(こうおう)=こうらいうぐいす。黄鶯子、黄鶯児とも。睍睆(けんかん)=鳴き声のよいさま。
◆末候「魚上氷」(うおこおりにのぼる=うおこおりをのぼる)
割れた氷の間から魚が飛び出る時節。

◆◆「2月の花」◆◆

「福寿草(ふくじゅそう)」 金鳳花(きんぽうげ)科 学名 Adonis ramosa
Adonis(アドニス)は、ギリシャ神話に登場する「イノシシの牙に突かれて死んだ青年」の名前に由来。傷から出た血のように赤い花のたとえ。(欧州産の花は赤です)

開花時期:2/1~3/15頃。正月に販売されているものはハウス栽培されたもの。花芽は晩秋にできるので、その後約1ヶ月寒さにあわせて室内に保存しておき、正月頃に咲かせます。花は黄金色。光や温度に非常に敏感で、昼間でも日が遮られると1~2分で花がしぼみ、再び日があたると開花します。

福寿草の花と南天の実をセットにして「難を転じて福となす」という縁起物の飾り付けがされたりします。根と茎は有毒。花が終わる頃、人参の葉のような細い葉が出て一面に広がります。

別名「元日草(がんじつそう)」「朔日草(ついたちそう)」など。
花言葉は、「幸福」「幸せを招く」「永久の幸福」「回想」「思い出」「悲しき思い出」など。

朝日さす 老師が家や 福寿草(与謝蕪村)
水入りの 水をやりけり 福寿草(正岡子規)

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

あけましておめでとうございます。二十四節気「立春」です。めでたく「立春大吉」を迎えました。

令和6年(2024)は既に年明けをしていますが、暦における一年は「立春」に始まり翌年の「節分」で終わります。旧暦では立春からが新年、元旦ということになります。
日本では明治に入りグレゴリオ暦が採用されてから、立春を「立春正月」といい新暦・旧暦の正月と区別するようになりました。

節分(年に4回)など季節の切り替わりには、自身を取り巻く自然の流れや周囲の環境が大きく変化して、それまでの運勢の流れが入れ替わることを意味しています。また節分で土用が明けます。停滞していた問題や解決していない事柄を解決するタイミングです。

新年に入りコロナにインフルエンザが大流行していています。うがい・手洗いを励行し、屋外ではマスクを、室内では加湿器を使用して、菌が飛散しないように心がけましょう。
それでは皆様、本当の意味で良い年を!
筆者敬白

■2月3日「節分(せつぶん)」「豆まき」です。■

「節分(せつぶん・せちぶん)」は、もともと「四季の分かれ目」の意です。立春・立夏・立秋・立冬の前日を指していましたが、特に「立春」が年の初めと考えられることから、とくに立春の前の「春の節分」を「節分」ということが多いです。

◇立春大吉◇
立春を新年というのは「立春正月」すなわち「一陽来復して春になる」という考えからきています。翌日から年の始めであることと、気候(季節)が冬から春になるということで、立春の前日である節分は大晦日にあたり、邪気を祓い幸を願う意味を込めて、豆まきなど行事がおこなわれてきました。

◇豆まき◇
この日、「豆まき」をして鬼を追い出す風習は、中国「明代」に始まり、日本へは室町時代に伝わりました。宮中では「追儺(ついな)」「鬼遣(おにやらい)」といい、悪鬼(あっき)、疫癘(えきれい)を追い払う行事でした。
平安時代になると宮中では陰陽師によって大晦日に盛大に行われ、その後、諸国の社寺でも行われるようになり、これが次第に庶民に伝わっていきました。
年男が「福は内、鬼は外」と言って、煎った豆を居間や庭に撒いたあと、自分の年の分だけ豆を拾って食します。これは数え年の「年取り行事」の名残です。年男とは、その年の「干支(えと)」を持つ生まれの人のことをいいます。

豆まきの日の夜、家の入り口に「鰯の頭を刺した柊(ひいらぎ)の枝」を差しておく風習もあります。鬼が柊の葉に刺さって痛がり、鰯の悪臭に驚いて逃げていくと考えられています。また、大蒜(にんにく)や葱、毛髪などを刺しておくところもありますが、いずれも、邪気が家に入らないようにする習慣です。

◇丑寅方位「鬼門」◇
冥府の神として信仰された「秦山府君(たいざんふくん)」が住むと言われていた山が北東方位にあったことが、北東が「鬼門」といわれる由縁です。
鬼門の方位は「艮」(ごん・うしとら)、十二支で「丑(うし)」と「寅(とら)」にあたります。ちなみに、昔話の「桃太郎」に出てくる鬼ヶ島の鬼の姿は「頭にはウシの角、トラのパンツ」です。

旧暦の一年では「丑は12月」「寅は1月」を指します。この節目に「鬼門」があります。鬼門は鬼が出入りする方角で、この邪気を祓うことにより、春が無事に迎えられると考えられていました。
鬼の象徴「金棒(かなぼう)」は、五行説では「金」の気です。この「金」の作用を尅する(悪い力を打ち消す)のは「火」の力です。そこで「火尅金」の作用になるのです。大豆は、とても硬いので「金」にあてはめます。この大豆を鬼に見立て、これを「火」で煎ると同時に、撒いて食べてしまうことで、鬼を退治したということにしました。

★最近流行の「恵方巻き鮨」★
恵方に向かって「巻き寿司」を食べる風習は、「福を巻き込む」からきています。また、丸ごと食べるのは「縁を切らないよう包丁を入れない」ということです。

★令和6年(皇紀2684、西暦2024)本年の「恵方」は★
本年の恵方・歳徳神(としとくじん)・あきの方位は「甲(きのえ)」で、東北東やや東方向で、方位角は75度です。

「歳徳神(としとくじん)」は、陰陽道〔※〕での方位を司る方位神、その年の福徳を司る神です。「年神」「年徳神」「歳神」とも呼ばれ、江戸時代以前から親しまれています。

「恵方(えほう)、明の方(あきのかた)」は、陰陽道に基づく方角、「吉方」とも書き、「明きの方(あきのかた、あきほう)」ともいいます。干支(えと)の組合せ〔※〕によってその年の恵方を決めます。陰陽道で歳徳神(としとくじん)、恵方神(えほうしん)の司る方角を示したものです。

※陰陽道(おんみょうどう、いんようどう):日本独自で発達した天文道・暦道を用いた呪術や占術の技術体系、起源は「陰陽思想」「陰陽五行論」という2つの古代中国思想で、陰陽寮(7~11世紀、律令制度下で中務省に属する機関。占い・天文・時・暦の編纂を担当)で教えられていた天文道、暦道などのひとつ。これら道の呼称は大学寮(式部省/現在の人事院に相当、直轄下の官僚育成機関)でも伝えられた。
※十二支(じゅうにし):十二支(じゅうにし)とは、子(ネズミ)・丑(牛)・寅(トラ)・卯(うさぎ)・竜(龍)・未(蛇)・午(馬)・羊(ヒツジ)・申(サル)・酉(にわとり)・戌(犬)・猪(いのしし)の12種の動物を現す漢字のこと。同様に「十干(じっかん)」〔※〕と組み合わせることで、60を1周期とする「干支(えと)」を形成し、方角や時間、暦に用いられる。また、陰陽五行説と組み合わせることで卦(け)にも応用されるようになった。
※十干(じっかん):木・火・土・金(ごん)・水の五行(五行)を兄(え)・弟(と)に分けたもの。年・日を現す。甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)。十二支と組み合わせて使う。
※干支(えと):十干(じっかん)十二支(じゅうにし)の組み合わせで、60通りある≒還暦(干支が一回りしたから元に戻る:還)
※十二支エピソード:順番を決めるため神様が動物たちを召集し先着順であると伝えられ、ネズミは牛の背にしがみついて移動の労力を減らすなどの策略により、見事1番手となる。一方ネズミの策略に利用された牛は、足が遅いことを自覚しており、早起きして召集に応じた結果2番手となる。こうして他の動物も順次到着し十二支の動物が決まるが、ネズミのうその伝言によって1日遅れてしまった猫は十二支から外れた。それ以来猫はネズミを恨み追い回すようになったとか。
イノシシと犬は脚力を過信し、寝過ごしてしまい11番手と12番手になってしまった「早起きは三文の徳」という教訓話になっている。
猿と犬の仲が悪く、いがみ合っていたところをニワトリが仲裁しながら到着したため、猿と犬の間にニワトリが入ることになった。
神様が「十支」で締め切ろうとしたところ、イノシシが体当たりによって神の門を破壊し押し通ったが、イノシシが突進したショックで失神した隙を突いて犬も飛び込んだとされている。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

関西の一部の地域での「習慣」だった恵方に向って巻きずしを食べる習わしが広まったのは、コンビニのマーケティング戦略からです。

「恵方巻き」を食べる習慣がなかった地域でも、近年はすっかり根付いてきたようです。余談ですが、発祥のわからない迷信は、えてしてこのような形で普及するのでしょう。
ちなみにクリスマスにクリスマスケーキを食べるのとハロウィンで大騒ぎするのは日本独特の習慣です。

暦の上では明日の「立春」から春です。旧暦を採用しているアジアの一部では立春が正月というところもあります。
季節の変わり目です。読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白


◆二十四節気◆令和6年(2024)1月20日「大寒(だいかん)」です。◆

令和6年(2024)1月20日23時07分「大寒」です。旧暦12月、丑(うし)の月の中気で、天文学的には太陽が黄経300度の点を通過するときをいいます。冬、最後の二十四節気です。

一年で最も寒い季節で「極寒の絶頂期」になります。大寒を「暦便覧」では「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と説いています。

各地で一年の最低気温が記録される頃。
大寒の水は腐らないとされていて、昔は保存用として汲み置かれました。
武道では、寒稽古〔※〕が行われます。
そろそろ酒や味噌などの仕込みの時期です。

沢は凍り付いていますが、路地では蕗の花〔※〕が咲き始め、ひばりの初鳴きも聞かれる頃。
鶏が卵を孵し始めます。
寒の内も後半、すぐそこに春が感じられます。

◆「寒の入り」「寒の内」◆
大寒は、小寒から数えて15日目にあたります。小寒から大寒の期間を「寒の入り」といいます。それに大寒から立春までの15日間を合わせた30日間を「寒の内」と言います。
昔から酒や味噌などの仕込みの時期とされています。

◆「金の卵」◆
現在のように養鶏が進化して一般的になる以前は、鶏が卵を産まなくなる季節がありました。その昔、二十四節気の大寒の時期には、鶏が卵を産まなくなるので、この季節に鶏が生んだ卵を「金の卵」と呼びました。そして、金の卵を産む鶏は、家族のように大切にされたと伝わります。

昭和世代の金の卵といえば、集団就職で上京してくる中学卒業の労働者、銀の卵は同じく高校卒業の労働者のことでした。令和の時代、「集団就職」という言葉自体がもはや使われなくなりました。
言葉は時代とともに変化しますが「金の卵」が、季節には珍しい事柄だったことに、今も昔も変わりはありません。

※「蕗(ふき)」「蕗の薹(ふきのとう)」
キク科フキ属の多年草。冬に黄色い花をつけることから「冬黄(ふゆき)」の略。原産は日本で、水が豊富で風の強くない土地に繁殖します。開花時期は2月10日頃~3月末。

春の山菜の代表で、冬眠から目覚めた熊が最初に食べるのが「蕗の薹」です。蕗の薹は、花が咲く前の柔らかいうちに食します。旬の蕗の薹はどのように調理しても美味しいです。

花が咲いたあと、地下茎を通じている葉の部分が延びてきます。この葉の茎の部分が「フキ」として食用になります。

※「寒稽古・かんげいこ」
寒の時期、武道や芸事の修練を行うことをいいます。寒さに耐えながら稽古をすることによって、技術を磨き、精神を鍛えるのが目的です。
神道、修験道、仏教などで寒行と称して、海や川などの水に入る、滝に打たれるなどの行を指します。

◆◆「七十二候」◆◆

◆初候「款冬華」(かんとう はなさく)
寒さ厳しい中に、蕗の薹(ふきのとう)がそっと蕾(つぼみ)を出す時候。款冬の花茎を蕗の薹といいます。厳冬に氷を破るように生える様から、大寒の頃に咲く花ですが、春の使者として俳句では春の季語に入れます。
◆次候「水沢腹堅」(すいたく ふくけん)
沢に氷が厚く張りつめる時候。
◆末候「鶏始乳」(にわとり はじめて にゅうす)
鶏が春の気を感じて卵を産み始める時候。鳥が卵を産むこと。

◆◆「大寒」の花◆◆

◇「福寿草(ふくじゅそう)」◇ キンポウゲ科の多年草 学名:Adonis ramosa

キンポウゲ科の多年草。多数の堅い根をもつ短い根茎から数個の花茎を出します。花茎は初め短く、包葉状の葉に包まれて先端に花をつけますが、やがて伸びて細裂した3回羽状複葉を互生し、30センチメートル以上になります。

花は光沢のある黄色で、日が当たると開き花期後、金平糖のような集合果ができます。日本から朝鮮半島、シベリアに分布。日本では本州中部以北、北海道に多く見られます。

寒さに強く山の北東斜面の落葉樹林に多く自生しています。花形や花色に個体変異が多く、弁先が裂けたナデシコ咲きや、紅色花の品種もあります。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

正月も「二十日正月」「大寒」の頃になると通常の生活に戻っているどころか、もうすぐ2月が訪れます。
節分で次の日が立春です。中国など旧正月の習慣が濃いところは立春の頃「立春大吉」として正月祝いを行う習慣が残っています。

季節の変わり目で、油断から体調を崩しやすい時期です。読者の皆様、時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白


◆二十四節気◆令和6年(2024)1月6日「小寒(しょうかん)」です。◆

1月6日5時49分「小寒(しょうかん)」です。旧暦12月、丑(うし)の月の正節で、冬至後15日目。新暦1月5日か6日頃にあたります。天文学的には太陽が黄経285度の点を通過するときをいいます。

「小寒」とは寒さがまだ最大ではないといった意ですが、季節は本格的な冬です。「小寒の氷、大寒に解く(しょうかんのこおり、だいかんにとく)」の喩えのように、実際には小寒の頃のほうが、寒さが厳しいようです。ちなみに、この諺には「物事が必ずしも順序どおりにはいかない」という意が含まれています。

この日をもって「寒の入り」とし、寒中見舞いが出されます。小寒から節分までを「寒・寒中・寒の内」といい、約30日間ほど厳しい寒さが続きます。暦便覧では「冬至より一陽起こる故に陰気に逆らふ故、益々冷える也」と説いています。
寒中見舞い」は、暑中見舞いに比べると出す人は少ないようです。年賀状を出すのが遅くなってしまった場合や、喪中に年賀状が届いた人への返信に利用するのが一般的です。

小寒から4日目を「寒四郎」、9日目を「寒九郎」と呼んでいます。
寒四郎」は麦作の撰日(予想日)とされ、この日にの天候によって、収穫に影響があるとされてました。晴れだと豊作で、雨や雪だと凶作になるという事です。
また、「寒九郎」は「寒九の雨」といって、この日に雨が降ればその年の豊作の兆しとして、農家では喜ばれました。

◆◆「七十二侯」◆◆

◆初候「芹乃栄」(せり すなわち さかう)
空気が冷え、澄みきるようになり、芹がよく生育する時節。
◆次候「水泉動」(すいせん うごく)
地中では凍った泉が動き始める時節。水泉=わき出る泉。
◆末候「雉始雊」(ち はじめて なく)
雄の雉(キジ)が鳴き始める時節。

◆◆「1月の花」◆◆

◇「黄梅(おうばい)」◇ 木犀科 ソケイ(ジャスミン)属。学名「Jasminum(ジャスミン)」は、アラビア語の「yasmin(マツリカ)」の名に由来。別名:迎春花。

原産は中国。江戸時代初期に渡来。開花時期は1月10日から3月20日頃。鮮やかな黄色の花が咲き、昔から鉢植えや盆栽などに利用されています。枝は横に伸びて地上を這う性質で、花が咲く時には葉は出ていません。

黄色い花が梅に似ていることと、同時期に咲くことから「黄梅」という名がついていますが、そもそも「梅」とは関係なく、ジャスミンの仲間で香りはありません。

中国では、旧正月(2月)に咲き出すことから「迎春花(げいしゅんか)」と呼ばれ、吉兆の花、めでたい花とされます。
花言葉は「恩恵」「優美」「控えめな美」など。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

本来、暮れから正月を経て「小寒」の時期には、水仙など冬の花の開花期に重なって、道端の片隅に季節を感じられるはずでした。しかし、令和6年の元日の午後、年が明けるやいなや能登半島地震が発生しました。大寒よりも寒さが厳しいといわれる小寒の時節です。北陸の冬の寒さが心配です。被災された方々が一日も早く安心して暮らせるよう心からお祈りします。
筆者敬白

20231222_toji_01.jpg

◆二十四節気◆令和5年(2023)12月22日「冬至(とうじ)」です。◆

12月22日12時27分「冬至」です。旧暦11月、子(ね)の月の中気で、天文学的には太陽が黄経270度の点を通過するときをいいます。

冬至の日、太陽が南半球の最も遠い点ににあるため、日本のある北半球では、太陽の高さ(南中高度:太陽が南中した瞬間の高度)〔※〕が一年で最も低くなります。そのため昼が一年中で最も短く、夜が一番長くなります。

冬至線は「南回帰線」ともいい、南緯23度27分を走る線、太陽は冬至の日に南回帰線の真上を通過し、以降ふたたび北上します。冬至の日は冬の中間で、太陰太陽暦(旧暦)では冬至が暦の起源とされていて、とても重要な節でした。現在の太陽暦(グレゴリオ歴)では春分点が起源とされています。暦便覧でも冬至について「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」と説いています。

この頃から次第に寒さが増します。年末近くに日本列島を通る低気圧は特に「年末低気圧」と呼び、本格的な冬将軍が訪れます。

◆小豆粥・柚子湯◆
昔からこの日を祝う風習があり、宮中では祝宴が催されます。庶民は冷酒に「小豆粥」や南瓜(かぼちゃ)で祝い、「ゆず湯」に入ります。「冬至」を「湯治」にかけて無病息災を願います。柚子は皮膚を強くする効能があります。また「柚子」から「融通が利く」という語呂を合せて願いが込められています。
※「季節のお便り」ブログ中の冬至と同じ日「ゆず湯」参照

◆魔除け・金運のかぼちゃ◆
南瓜(かぼちゃ)」には魔除けの意があり、冬至の日に食すると病い除けになるとされています。近年では魔除けよりも金運を祈願する意に変化しています。また人参・金柑・銀杏など、名前に「ん」のつく食べ物を食すると「運気」が上がり幸運になるのだとか。中国では、餃子や湯圓(タンユェン:あんの入った団子をゆでたもの)を食します。

 

※南中高度(なんちゅうこうど):天体が、その日周運動において子午線を通過すること。太陽の南中高度は季節によってかわり、北半球では夏至に最も大きく冬至に最も小さい。

◇冬至の南中高度の計算◇東京の緯度は「北緯35.5度」です。これに地球の傾き23.5度をプラスして、90度を引く。南中高度は31度になります。ちなみに、札幌は23度、沖縄は40度です。実際の日照時間は、夏至の頃より冬至の頃のほうがやや多いのですが、南中高度による太陽の照射角度の影響で寒いのです。

◆天文学的にみる「昼」とは◆

地球は、地軸を軌道面と垂直な方向から約23.4度傾けて太陽のまわりを自転しながら公転しています。

太陽は、天の赤道から約23.4度傾いた黄道上を、1年かけて1周するように見え、太陽の赤緯が変化します。夏至の頃、北半球では昼が最も長くなり、南半球では最も昼が短くなります。反対の冬至の頃には、この逆になるのです。日本が冬至の日は、南半球は夏至にあたるということです。

昼と夜の長さの変化は高緯度地域になるほど大きくなり、太陽がまったく沈まず一日中昼になる「白夜(びゃくや)」と、太陽がまったく昇らない一日中夜となる「極夜(きょくや)」が生じます。冬至の日は、北極圏全域で極夜となり、南極圏全域で白夜となります。ちなみに、赤道付近では、昼と夜の長さはほとんど変化しません。

日の出」「日の入り」が「太陽の上端が地平線または水平線に重なった瞬間」と定義されていることから、地平線や水平線付近では、大気の影響で「太陽が実際よりも上」に見えるので、春分・秋分の日でも、昼と夜の長さは等しくならず、昼が少しだけ長くなります。

◆◆「七十二候」◆◆

◆初候「乃東生」(なつかれくさ しょうず)
草木いずれも枯れている中で、夏枯草のみが緑の芽を出し始める時節。
「乃東」=夏枯草(かこそう)の古名。別名ウツボグサ。冬に緑の芽を生じ、夏に枯れるのでこの名が付いています。
◆次候「麋角解」(さわしか つのおつる)
大鹿が角を落とす。
◆末候「雪下出麦」(せつか むぎを いだす)
いちめん雪に覆われていても、その下では、麦が芽を出し始める時節。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

毎年年末は「クリスマス」を過ぎると、一斉に正月飾りに切り替わります。
カレンダーの上では、12月の次に1月が来るのは当たり前ですが、年末には大掃除をして新しい年を迎える準備をします。
一家総出で掃除することよって年の終わりを演出します。これは日本人の生活習慣のひとつで、清掃こそが新しい年を迎える心の準備とされています。
私たちは、日本の文化を習慣的に実践しています。日本の良い習慣は次の世代につないでいきたいものです。
例年21~22日の「冬至」から雪や寒さが本格化します。
ほんの数十年前と比べても季節の変化が極端になったように感じます。大自然のなかでは、人間はちっぽけな存在なのかもしれません。地球規模で共存したいものです。
読者の皆様、時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白


20231207_taisetsu_01.jpeg
◆二十四節気◆令和5年(2023)12月7日「大雪(たいせつ)」です。◆

12月7日18時33分「大雪」です。旧暦11月、「子(ね)の月の正節」で、天文学的には太陽が黄経255度の点を通過するときをいいます。

山の峰は積雪に覆われ、雪が激しく降り始める頃です。平地に木枯らしが吹き、雪が降り始める頃の意です。暦便覧には「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と説いています。

これからの時期、日本海側と太平洋側では対照的な気候です。日本海側で大雪になれば、太平洋側では晴天になり、関東・中部・関西の平野部では乾いた風が吹きます。これは冬型の気圧配置のしわざです。日本海側で大雪を降らせる雲は入道雲で、大雪になる前には雷が鳴り響き、これから雪の兆しです。

冬になってから初めての雷を「雪起こし」と呼びます。富山地方では「鰤(ブリ)起こし」と呼びブリの豊漁の知らせとされてきました。

雪国では雪の便り、南では冬の花「椿」が開花し、いよいよ冬将軍の到来が報じられます。冬の魚、ブリやハタハタの漁が盛んになり、山では熊や動物が冬眠します。南国では南天のが赤く色づく頃です。

◆◆「七十二侯」◆◆

◆初候「閉塞成冬」(へいそくして ふゆとなる)
天地の気が塞がって真冬となる時節。閉塞す=ふさがる
◆次候「熊蟄穴」(くま あなに ちっす)
熊が冬眠のため自分の穴に隠れる時節。蟄れる(かくれる)は古訓で、動物が土中に隠れる(こもる)の意。
◆末候「鱖魚群」(けつぎょ むらがる)
鮭が群がり、河川をさかのぼって行く時節。鱖魚(ケツギョ)は鮭(サケ)のこと。または中国に生息するサケ科の淡水魚。

◆◆「12月の花」◆◆

ポインセチア」 灯台草科 ユーフォルビア属 学名 Euphorbia pulcherrima
アメリカ駐在のメキシコ大使「ポインセット氏」が、メキシコからアメリカに持ち込んで広まったことからこの名前が付きました。ポインセチアは観賞用ではなく、茎を切ったときに出る白い乳液を解熱剤として使うなど、医療用に栽培していました。

アメリカから渡った欧州では、クリスマスにキリストの血の色(赤)を飾る習慣があります。この時期に苞葉(ほうよう:目や蕾を包んでいる小型の葉)の赤色が最高に美しく、下葉の緑と調和し、花の中にある蜜腺の黄色が鈴の金色の役割りを果たしていることから、クリスマスに用いられるようになりました。欧米では「クリスマスフラワー」と呼ばれます。

日本には明治時代に渡りました。真っ赤な花が、大酒飲みの赤い顔に似ていることから、猩々木(しょうじょうぼく)〔※〕とも呼ばれました。

※猩々(しょうじょう):仏教の古典書物や中国の古典書物にも登場する想像上の動物で、猿のような顔で毛は紅色または黄色と伝わる。中国の『礼記』〔※〕には、「鸚鵡は能く言えども飛鳥を離れず、猩々は能く言えども禽獣を離れず」(オウムは人間の言葉をまねてうまく話すが、やはり鳥でしかない。ショウジョウは人間のことばを上手に話すといっても、結局は獣にすぎない。:口先ばかり達者でも礼儀を知らなければ獣と同じだという意味)とあり、猩々は人の言葉が分かると記している。
※『礼記(らいき)』:儒教の最も基本的な経典である「経書(けいしょ)」のひとつで、『周礼(しゅらい)』『儀礼(ぎれい)』と合わせて「三礼(さんらい)」と称される。『小戴礼記(しょうさいらいき)』とも。全49篇ある。

花言葉:「聖なる願い」「私の心は燃えている」など。深みのある赤い苞葉は「愛情」をあらわします。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

師走に入り、クリスマスイルミネーションが街を彩り始めました。LEDの普及によりイルミネーションの点灯時間も長くなり、きらびやかで節電のクリスマスを迎えます。
今年もコロナウイルス、インフルエンザウイルスが流行するようです。皆様、早めの予防摂取をお勧めします。予防には手洗い、うがいが一番です。外出の際にはマスクをお忘れなく。
読者の皆様、時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白

20231122_shosetsu_01.jpeg

◆二十四節気◆令和5年(2023)11月22日「小雪(しょうせつ)」です。◆

11月22日23時3分「小雪」です。旧暦10月、亥(い)の月の中気で、立冬後15日目。天文学的には太陽が黄経240度の点を通過するときをいいます。

小雪(しょうせつ)」とは、寒さいまだ深まらず、雪いまだ大ならざるなりの候、小雪は字の如く「雪はさほど多くない」という意味です。暦便覧では「冷ゆるが故に雨も雪と也てくだるが故也」と説いています。

降っても雪は多くはないものの、遠い山嶺の頂きを眺めると白銀の雪が望めます。みかんが黄ばみはじめ、収穫の頃です。紅葉は終りを告げ、寒さは徐々に厳しくなります。朝夕の木枯らしは、冬の到来が近いと感じる頃です。

立冬から小雪にかけて日光輪王寺、彦根城など、名勝旧跡で松の木に「こも巻き」をしたり、兼六園、浜離宮では「唐崎松」を最初に「雪吊り」をして冬の備えの便りが届きます。

****小春日和****
小雪の候「小春日和」は風のない陽気のいい日和のことで旧暦の10月頃です。寒いけど麗(うら)らかな空を「小春空」、寒い日々の中でも暖かな日和の日を「小春日和」、ちなみに湖畔や海の波のおだやか状態を「小春凪(なぎ)」と呼びます。

****木枯らし****
また小雪の頃、日ごろから「木枯らし」が吹きます。地域の季節風にはそれぞれ呼び名があり、西日本の「乾風(あなじ)」東海道の「べっとう」など主に「颪(おろし)」と呼ばれています。関東の赤城颪・筑波颪、関西の六甲颪や富士颪など山から平地に吹き抜ける空っ風のことで、この季節から冬にかけて吹く木枯らしです。

おだやかな「小春日和」もあれば、木枯らしの日もあります。これからの厳しい冬を予感しているようです。

◆◆「七十二候」◆◆

初候◆「虹蔵不見」(にじ かくれて みえず)
  虹を見かけなくなる時節。
次候◆「朔風払葉」(さくふう はを はらふ)
  北風が木の葉を払いのける時節。朔風(さくふう)=北から吹いてくる風。北風。朔吹とも。
末候◆「橘始黄」(たちばな はじめて きなり)
  ようやく橘の葉が黄葉し始める時節。 黄ばむ=黄葉する。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

暦の上では冬に入って初めての二十四節気「小雪」です。紅葉前線も南下している報道です。近年では10月末のハロウィンを境に、世間ではクリスマスや、年末の準備といった雰囲気になってきました。
残すところ1ヶ月少しで来年になります。
読者の皆様、雪の降る地域では、樹木も越冬に備えて冬支度です。
日没になると急に冷え込むこの頃です。薄着でお風邪などお召しにならないよう、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

20231108_ritto_01.jpg

◆二十四節気◆令和5年(2023)11月8日「立冬(りっとう)」です。◆

11月8日1時36分「立冬」です。旧暦10月、亥(い)の月の正節で、天文学的には太陽が黄経225度の点を通過するときをいいます。四季の中で「」に入る始まりの二十四節気で、太陽の光もいちだんと柔らかく感じ、日足も目立って短くなります。大雪山や八甲田山からは初冠雪の便りが届き、冬の気配が伺えるようになります。

夕暮れの訪れが早く感じられ、木枯らしが吹きます。また、山では綿雲(わたぐも、積雲)が発生し、時雨(しぐれ)がしとしと降ります。雲の流れが速く、見事な虹が出てはまた雨が降る時雨虹(しぐれにじ)が現れます。時雨虹に出会うと、空が表情豊かに語りかけてくるようです。

季節の花、山茶花(さざんか)が可憐に咲き始めます。北国では大地が凍り始めます。
暦便覧では「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説いていて、「立冬」は、「冬立つ」「冬来る」などとともに冬の代表的な季語になっています。

◆◆「七十二侯」◆◆

◆初候「山茶始開:さんちゃ はじめて ひらく」
山茶花(さざんか)の花が咲き始める時節。山茶(さんちゃ)=「つばき」と読みます。山茶は「つばき」の漢名。※諸説の中で、日本では時雨忌があることから「さざんか」をさすという説が有力です。
◆次候「地始凍:ち はじめて こおる」
大地が凍り始める。大地が凍り始める時節。
末候「金盞香:きんせん こうばし」
水仙の花も咲き出す時節。「金盞(きんせん)」=水仙の異名。正しくは「きんさん」と読みます。金盞銀台(きんさんきんだい)とは、水仙の花の咲く様をいったもの。金盞は「黄金の杯」のこと。

◆◆「11月の花」◆◆

◆「山茶花」さざんか つばき科つばき(カメリア)属
開花時期☆10月10日~翌2月10日頃。晩秋から初冬にかけて咲き出します。原産地は日本。江戸時代に長崎からヨーロッパへ持ち出され、西欧で広まりました。学名・英名ともに「サザンカ」です。

椿(つばき)の漢名(中国名)で、山茶花(さんさか)が茶山花(ささんか)、そして「さざんか」と変化し、そのまま定着してしまいました。

花は良い香りで、花びらは一枚ずつ散ります。寒椿と開花時期がほとんど一緒で、葉も花も同じようでなかなか見分けが付きませんが、山茶花は背丈が高く、花びらの数は5~10枚程度で少なめです。花びらはシワになります。寒椿は背丈が高くならず、花びらの数は14枚以上でシワになりません。山茶花は公害に強いので道路の植え込みなどに植えられます。花言葉は「ひたむき」「困難に打ち勝つ」など。

「山茶花を 雀のこぼす 日和かな」(正岡子規)

◆「金盞花」きんせんか 菊科 カレンデュラ属
Calendula(カレンデュラ)の語源は、ラテン語のCalendae(毎月の第1日)。どの月の初めにも咲いているほど花期が長いことからそう呼ばれます。「カレンダー」の語源でもあります。

原産は地中海沿岸。江戸時代に中国から渡来。ハーブの一種で、古くから食用や薬用に使われてきました。薬用には虫刺されの薬として利用されます。また、サフランの代用で着色料や髪染めにも使用されました。

花は黄金色で「盞(さかずき)」のような形をしていることから金盞花といいます。また、隋国の統一前、梁の国の魚弘という人が、賭けすごろくに勝った時に金銭より「珍しい花」をもらいたいといい、この花をもらったので、この花を「金銭花」と呼んだそうです。その後「金銭花」が「金盞花」に変化しました。
花言葉は「慈愛」「悲しみ」「静かな思い」など。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

暦の上では立冬から本格的な冬に入ります。『四神相応図』では冬の色は黒で守護は玄武、方位は北です。やがて来る春に備えて力を蓄える時期です。
例年この時期から、武漢肺炎、インフルエンザ、風邪が流行します。早めに予防接種、日ごろから手洗い・うがいに心がけましょう。
油断からお風邪などお召しにならないよう、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

20231024_soko_01.jpeg

◆二十四節気◆令和5年(2023)10月24日「霜降(そうこう)」です。◆

10月24日1時21分「霜降」です。旧暦9月、戌(いぬ)の月の中気で、天文学的には太陽が黄経210度の点を通過するときをいいます。

霜降(そうこう)」とは、秋も末の霜が降りる頃の意で、「しもふり」とも言います。
この頃、露が冷気によって霜となり降り始め、ひっそりと秋が深みゆき、もの寂しい風趣がところどころに醸されます。冷え込む早朝には霜を見るようになり、一歩ずつ冬の到来が感じられるようになります。晴れた日に時おり小雨ほどの秋雨が降り、楓や蔦の葉が見事な紅葉を見せ始めます。

「霜降」の頃を暦便覧では「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と説いています。「霜降」から「立冬」までのあいだに、地を這って吹く冷たい北風を「木枯らし」と呼びます。

 

◆七十二候◆

◆初候「霜始降」(しもはじめてふる):霜が始めて降る。
田園にも霜が降り始める時節。
◆次候「霎時施」(しぐれときどきほどこす):小雨がしとしと降る。
秋も終わりとなる頃で、小雨がしとしとと降ってわびしい時節。霎(そう)=こさめ。雨の音が本意。施す=広い範囲に行き渡らせる。
◆末候「楓蔦黄」(ふうかつきなり):紅葉(もみじ)や蔦(つた)が黄葉む。
紅葉や蔦の葉が黄葉する時節。黄ばむ=黄葉する。

◇10月の紅葉◇

草木、特に落葉樹の葉が晩秋に赤や黄に色づくことを指します。秋になると山々や街路樹が一斉に紅葉し見事な景観が見られる場所は、観光の名所になっています。カエデ科の数種を特に「モミジ」と呼びますが、紅葉が鮮やかな木の代表種です。

また赤色に変わるのを「紅葉(こうよう)」黄色に変わるのを「黄葉(こうよう、おうよう)」褐色に変わるのを「褐葉(かつよう)」と呼ぶこともあります。これらをハッキリと区別できない場合も多く、総称して「紅葉」として呼びます。

同じ種類の木でも、生育条件や個体差によって、赤くなったり黄色くなったりすることがあります。葉がどうして色づくのか。そのメカニズムは分かってきていますが、なぜ紅葉するのかはまだ明らかになっていません。なお、常緑樹でも紅葉するものがありますが、緑の葉と一緒の時期だったり、時期がそろわなかったりするため目立ちません。

秋になると草や低木の葉も紅葉し、それらを総称して「草紅葉(くさもみじ)」ということがあります。

日本における紅葉は、北海道の大雪山を手始めに9月頃から始まり、徐々に南下します。紅葉の見頃の推移を「桜前線」と対比して「紅葉前線」と呼びます。
紅葉が始まってから完了するまでは約1ヶ月で、見頃は紅葉が始まった後20〜25日程度で、時期は北海道と東北地方が10月、関東から九州では11月から12月初め頃まで続きます。ただし、山間部や内陸では少し早目です。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

「霜降」の時期は秋から冬への「土用:火墓気」の時期です。この時期は無理に問題を解決しようとせず、受け流すことが肝要です。土用の作用で万物が腐することから、問題が混とんとしてしまいます。無理をせず受け流す余裕を身につけましょう。
令和5年は「二の酉」までの年です。酉の日の参拝と、そして日ごろから火廻要慎(ひのようじん)をこころがけましょう。
皆様、時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白

kanro.jpeg

◆二十四節気◆令和5年(2023)10月8日「寒露(かんろ)」です。◆

10月8日22時16分「寒露」です。旧暦9月、戌(いぬ)の月の正節で、「秋分」から15日目にあたります。天文学的には太陽が黄経195度の点を通過するときをいいます。

寒露とは、野草に宿る冷たい露のこと。この頃になると秋も一段と深まり、朝晩は寒気を感じ始めます。山野には晩秋の色どりが濃くなり、櫨(はぜ)※の木の紅葉が美しい頃。雁などの冬鳥が渡って来て、菊が咲き始め、コオロギが鳴きやみます。

暦便覧では「陰寒の気に合つて露結び凝らんとすれば也」と説明しています。

「ひと雨一度(ひとあめいちど)」 この時期秋の長雨やにわか雨がよく降ります。読んで字の如く、この季節の雨のたびに気温が下がって秋の気配が深まる喩えです。

「観天望気(かんてんぼうき)」 風や雲の動きや形で、これからの天気を予測することです。天気の諺では「朝焼けは雨の予兆・夕焼けの翌日は晴れ」といったものが有名、「秋の夕焼け鎌を砥げ」秋の夕焼けの翌日は、天気がいいから収穫が出来るように鎌を研いで用意しようといった意です。 寒露の頃は、五穀の収穫も最盛期に入り農家では繁忙を極めます。

先人は天気とともに生活をしていました。積乱雲でも、「すじ雲」「いわし雲」「ひつじ雲」など天気の下り坂を予期したものです。

※櫨(はぜ):うるし科うるし属の植物。6月頃に円錐状の黄緑色の小花を咲かせます。雄株には灰色の小果が実り、これから蝋(ろう)が取れます。山漆(やまうるし)によく似ていて触るとカブレるので注意。天正年間(1570年頃)に中国から種子で伝わり、蝋燭の原料として筑前で栽培され九州一円に広まりました。櫨の紅葉は、赤色がモミジより美しく鮮やかです。

◆◆「七十二侯」◆◆

◆初候鴻雁来(こうがんきたる)」雁が飛来し始める。
◇雁が飛来し始める時節。鴻雁=秋に飛来する渡り鳥のがん。鴻鴈とも。「鴻」はがんの大型で「雁」はがんの小型のものをいいます。また、鴻雁は大きながんを指すとも。
◆次候菊花開(きくかひらく)」菊の花が咲く。
◇菊の花が咲き始める時節。
◆末候蟋蟀在戸(しつそくこにあり)」蟋蟀が戸の辺りで鳴く。
◇蟋蟀(きりぎりす)が戸にあって鳴く時節。蟋蟀(しっしゅう)=きりぎりす。促織(しつそつ)とも。こおろぎ、いどとの異名とも。

◆◆「10月の花」◆◆

「菊」きく科きく属 学名「クリサセマム」 ギリシャ語の chrysos(黄金色)+ anthemon(花)が語源。

開花時期は10月20日~12月20日頃。平安時代に中国から渡来しました。その後、改良が重ねられ多くの品種が出来上がりました。

「きく」は「菊を音読み」したもので、菊の字は「散らばった米を一箇所に集める」の意。菊の花弁を米に見立てたもの。「菊」は究極・最終を意味し、1年の終わりに咲くことからそう名付けられました。

菊花展で見かける大輪の菊は「厚物」(あつもの=大輪もの)、「管物」(くだもの=細い花びらのもの)に分けられます。

中国では「菊」は不老長寿の薬効があると信じられ、陰暦9月9日「重陽の節句」には菊酒を酌み交わし、長寿を願いました。これが日本に伝わり「重陽の宴」が催されるようになりました。後に菊は「皇室の紋章」となり、日本の国花になりました。

花言葉は「思慮深い」「真実、元気」「いつも愉快」「私はあなたを愛する」など。

◆◆「秋の七草」◆◆

秋の野山は、春や夏とはまた異なる趣きの草花が彩ります。「秋の七草」とは、ハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウのこと。『万葉集』で山上憶良(やまのうえのおくら)が

「秋の野に 咲きたる花を 指折りて かき数ふれば 七種(ななくさ)の花」
「萩の花 尾花葛花(おばなくずはな) なでしこの花 女郎花(をみなへし) また藤袴(ふぢばかま) 朝がほの花」

と詠んだ歌が広まって親しまれるようになったと言われています。山上憶良が「朝顔」と詠んだのはキキョウの花だとされています。「春の七草」は、1月7日に「七種菜羹(しちしゅさいこう)=七草がゆ、七種がゆ」を食べ無病を祈るという「食」に関する風習ですが、「秋の七草」は「花を楽しむ」ことに所以しています。

◆ 参考ページ:「秋の七草」https://kisetsunootayori.com/october/20231008akinonanakusa/

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

秋の天気は移り変わりが激しく、「女心と秋の空」と喩えられたりもします。秋は台風来襲、上陸して被害を出すことも。台風が秋雨前線を刺激して局地的に大雨を降らすことがあります。天気予報が正確になった今日でも、台風の被害はなかなか減りません。台風が通り過ぎるのを待って台風一過、秋の青空を眺めたいものです。
朝夕、冷え込みがきつくなってきました。読者の皆様、時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白

20220521_shoman_01.jpg
◆二十四節気◆令和5年5月21日「小満(しょうまん)」です。◆
20220521_shoman_02.jpg
令和5年5月21日16時9分「小満(しょうまん)」です。旧暦4月巳の月の中気で、立夏から15日目にあたります。
5月20~21日頃。天文学的には、太陽が黄経60度の点を通過するときをいいます。

万物が次第に成長して一定の大きさの達し、満ち始めるという意味から「小満」といわれます。
暦便覧」には「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」と記されています。
また一説には「小満」とは昨年秋にまいた麦の穂がつく頃で、「ほっと一安心して、もう少して満足する」といった云われもあります。
20220521_shoman_03.jpg

麦畑の穂が成長して緑黄色に色づき、山野の植物は花を散らして実を結びます。
田では苗を植える準備を始め、蚕が桑を盛んに食べ始めます。
この頃、紅花が咲きほこり、日々ようやく暑さが加わり始める季節です。

GW明けの西日本では、蛍が姿を見せはじめ、小満を境に「走り梅雨」が始まる年もあります。

◆小満芒種◆沖縄編
梅雨は南から始まり、九州や沖縄では梅雨入りを小満芒種(すーまんぼーすー)とも呼びます。

◆小満芒種◆東日本編
関東から東では、小満から芒種までの梅雨入り前(5月下旬~6月中旬)が一年で最も過ごしやすい季節です。
薄暑(うっすらと汗をかく)の時期で、5月の南風「薫風(くんぷう)」とあわせて入梅前の過ごしやすい季節のたとえです。
この頃から梅雨になる年が多く、降水量は「台風シーズン」と、これからの「梅雨時」とのふたつのピークがあります。豪雪地帯の日本海側一部の地域と北海道を除いて、これからを雨季と呼んでいい時期です。
20220521_shoman_04.jpg
■■「七十二候」■■
◆初候「蚕起食桑」(かいこ おこって くわを くらう):蚕が桑を盛んに食べ始める。
蚕が桑の葉を盛んに食べ始める時節。
◆次候「紅花栄」(こうか さかう):紅花が盛んに咲く。
紅花(べにばな)の紅黄色の頭花が盛んに咲く時節。
◆末候「麦秋至」(ばくしゅう いたる):麦が熟し麦秋となる。
麦が熟して畑一面が黄金色になる時節。初夏の爽やかな好季節。
麦秋=陰暦4月の異称。

◆◆小満の頃の花◆◆
ツツジ(躑躅)☆ ツツジとはツツジ科の植物、ツツジ属の植物の総称。
ドウダンツツジのようにツツジ科に属さない植物もツツジと呼ばれるものがある。
また、古くから、ツツジ属のツツジもサツキ、シャクナゲとを分けて呼んでいて、学術的な分類とは一致しない。長寿な樹木もあり、最も樹齢の古い古木は、800年を超え1000年に及ぶと推定されている。

ツツジ属の植物は、4月から5月の春先にかけて先端が5裂している花を枝先につける。咲いた花を採ると、花片の下から蜜を吸うことができ、戦時中は子どもたちの甘味となっていた。一部レンゲツツジには毒があり、注意しなければならない。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
20220521_shoman_05.jpg

その昔、株式市場や商品相場を生業にする方々の間では、「素人の小満過ごし」と言われていました。これは麦畑に穂が付き始めてまずはひと安心、が転じて、タイミングを見過ごさないように戒めた言葉です。
小満から芒種の時期、気候の良さから緊張感がなくなり、つい安心してしまい、相場に限らずタイミングをみすみす逃す事に警鐘をならしています。それほど良い気候が続いて「のほほん」とした陽気が続きます。
6月には梅雨に入ります。
季節の変わり目、時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白

20220505_rikka_01.jpg
◆二十四節気◆令和5年5月6日「立夏(りっか)」です。◆
20230506_rikka_02.jpg
令和5年(2023)5月6日3時19分「立夏」です。

旧暦4月、巳(み)の月の正節で、新暦5月5日~6日頃。
天文学的には太陽が黄経45度の点を通過するときを指します。
旧暦では3月15日~4月15日の間のどこかになります。

立夏は、春分と夏至の中間にあたります。昼夜の長さを基準に季節を区分すると、立夏から立秋の前日までが「夏」となります。
20230506_rikka_03.jpg
暦便覧には立夏を「夏の立つがゆへなり」と記されています。立夏は「夏立つ」「夏来る」などとともに夏の代表的な季語になっています。

春ようやく褪せて、山野に新緑が目立ち始め、吹く風は爽やかになり、いよいよ夏の気配を感じられる頃。ほととぎすが忍び音※で鳴く頃で、蛙も鳴き始め、ミミズが地上に這い出て、竹の子が芽を出します。
ゴールデンウィークの終盤で、歳時記の上では立夏といっても、体感的にはいまだ春の感じがします。

※忍び音(しのびおと):小声での初鳴きのこと

◆◆「七十二侯」◆◆

◆初候「蛙始鳴」(かえる はじめて なく):蛙が鳴き始める
◇雨蛙が鳴き、産卵を始める時節。
◆次候「蚯蚓出」(きゅういん いずる):蚯蚓が地上に這出る
◇蚯蚓が地上に這い出る時節。蚯蚓(きゅういん)=ミミズ。目もなく手足もない紐状の動物。名の由来は「目 見ず」から。多くは陸上の土壌中に生息。
◆末候「竹笋生」(ちくかん しょうず):筍が生えて来る
◇タケノコが生えて来る時節。タケノコ=若い竹の幹の部分。食用としては、日に当たったものほどアクが強いため、土から顔を出す前に掘るのが望ましい。
20220505_rikka_04.jpg
◆◆「5月の花」◆◆

◆「文目」(あやめ) あやめ科 アヤメ属
学名:Iris sanguinea ギリシャ語で「虹」の意。開花時期:5月1日~5月20日頃。

剣形の葉が整列して生える様子から「文目・あやめ」(筋道、模様の意)と呼ばれます。花弁の中央に網目模様があり、葉は細くて長い。「綾目」とも書く。よく「菖蒲」と書いて「あやめ」といいますが、菖蒲とは別種で、湿地ではなく乾いた土地に生えます。「いずれ文目か杜若(かきつばた)」とは、区別できないことの喩え。
花言葉は、「良き便り」「吉報」「愛」「優しい心」「メッセージ」「希望」など。

◆「杜若」(かきつばた) あやめ科 アヤメ属
学名:Iris laevigata 開花時期:5月5日~月末

花は紫、青紫、白。その昔、花の汁で布を染めていました。これを「書き付け花」といい、「かきつばた」と変化したもの。水中に生えます。葉は幅広で長い。「燕子花」とも。万葉の頃には「垣津幡」「加古都幡多」などと書いていました。
花言葉は、「妖艶」「幸運が来る」「美人の眠り」など。

◆「菖蒲」(しょうぶ) 里芋科 ショウブ属
学名:Acorus calamus var. angustatus。「美しくない花」の意。漢名の「菖蒲」を音読みしたもの。

沼や川などの水辺に群生し、初夏にうす茶色の花を咲かせます。葉の途中に花穂をつけ、見た目には空中に浮いているようにみえます。端午の節句(5月5日)に菖蒲の葉を風呂に入れる習慣があります。薬効と香りによって邪気を祓います。
20220505_rikka_05.jpg
◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

今年の夏は晴天の日に突然前ぶれもなく雨が降る「狐の嫁入り」に出会う方もいるでしょう。入道雲が出来やすい夏独特の天気です。二十四節気「立夏」で暦の上では「土用」が明けます。これまで停滞していた事柄の解決に奔走するのはまさしくこれからです。
季節の変わり目です。読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白
20230420kokuu_00.jpg

◆二十四節気◆令和5年(2023)4月20日「穀雨(こくう)」です。◆
20230420kokuu_02.jpg
令和5年(2023)4月20日17時14分「穀雨」です。旧暦3月、辰の月の中気で、新暦4月20日頃。天文学的には太陽が黄経30度の点を通過するときをいいます。

20230420kokuu_05.jpg
穀雨(こくう)とは「百穀を潤す春雨」のことです。また、穀物の成長を助ける雨のことで、「暦便覧」には「春雨降りて百穀を生化すればなり」と記されています。
この頃は春雨のけむるがごとく降る日が多くなり、田畑を潤して穀物などの種子の生長を助けます。種まきの好機です。

雨が長引けばそれは「菜種梅雨(なたねづゆ)」です。菜の花の咲く頃の長雨のことで、これを「春霖(しゅんりん)」ともいいます。
穀雨の終わり頃に茶摘み唄に詠まれた「八十八夜」があります。

暦の上で春節、最後の二十四節気です。来月に入り5月の「立夏」からいよいよ夏の到来です。

20230420kokuu_03.jpg
■七十二候■
◆初候「葭始生」(よし はじめて しょうず)葦(あし)が芽を吹き始める。
◇水辺に葦※が芽を吹き出し始める時節。
ヨシまたはアシ(葦、芦、蘆、葭)は、温帯から熱帯にかけての湿地帯に分布。「ヨシ」という名は、「アシ」が「悪し」に通じるのを忌んで、逆の意味の「良し」と言い替えたのが定着したもの。関東では「アシ」、関西では「ヨシ」が一般的。
◆次候「霜止出苗」(しも やんで なえ いず)霜が終わり稲の苗が生長する。
◇ようやく霜も終わりの頃となり、苗代では稲の苗が生長する時節。
◆末候「牡丹華」(ぼたん はな さく)牡丹の花が咲く。
◇牡丹が大きな花を咲かせる時節。華く(はなさく)=花が咲く。

■穀雨の頃の花■
ボタン(牡丹) 学名:Paeonia suffruticosa
ボタン科ボタン属の落葉小低木。または、ボタンの総称。
原産地は中国西北部。薬用として利用されていたが、牡丹の花が「花の王」として愛好されるようになった。当時は「木芍薬」と呼ばれていた。公的に制定した記録は見られないが、清国では1929年までは中国の国花であったとされる。

20230420kokuu_04.jpg
春牡丹:4~5月に開花する一般的な品種。
寒牡丹:春と秋に花をつける二季咲きの変種。通常は、春にできる蕾は摘み取り、秋にできる蕾のみを残し10月下旬~1月に開花。
冬牡丹:春牡丹と同じ品種を1~2月に開花するよう、特に手間をかけて調整したもの。

根の樹皮部分は「牡丹皮(ぼたんぴ)」として大黄牡丹皮湯、六味地黄丸、八味丸など漢方薬の原料になる。薬効成分ペオノールが消炎・止血・鎮痛などに効く。

「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」という美女の形容として使われる言葉がある。

花言葉は「王者の風格」

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

穀雨の時期、つい3週間前は花見で寒さの残る春でした。春の雨がこのまま梅雨に入るのでは......と思うような日が続きます。まさしく菜種梅雨のような雨です。
暖かくて、いい陽気になってきましたが、風の強い日は寒さを感じます。薄着でお風邪などお召しにならないようにお体ご自愛専一の程
筆者敬白
20230405seimei_01.jpg◆二十四節気◆令和5年(2023)4月5日「清明(せいめい)」です。◆
20230405seimei_002.jpg
令和5年(2023)4月5日10時13分「清明」です。旧暦3月、辰(たつ)の月の正節で、春分から15日目にあたります。天文学的には、太陽が黄経15度の点を通過するときをいいます。

清明は「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」の略。「万物ここに至って皆潔斎なり」と称し、春先の清らかで生き生きした様をいったものです。春気玲瓏(れいろう)にして、桜や草木の花が咲き始め、万物に清朗の気が溢れてきます。
20230405seimei_03.jpg
暦便覧では「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」とあり、草花の芽が出る頃とあります。また、招福暦では「万春の陽気満つ、桜花開くとき」と此芽を桜花としています。七福神と桜の相性がいいからかもしれません。

沖縄では、清明祭(シーミー、ウシーミー)という墓参の行事が行われます。墓前に一族縁者が集まり、お酒やお茶、お重に詰められた料理を供え、そのお下がりをいただくのがしきたりになっています。もとは中国から伝わった風習ですが、沖縄の習俗として定着しています。
中国の「清明節」では、祖先の墓を参り、墓掃除をする日とされ「掃墓節」が一般的です。また、春を迎えて郊外を散策する日であり「踏青節」などとも呼ばれます。

清明前に摘んだ茶葉を「明前茶」、清明から穀雨までに詰まれた茶葉を「雨前茶」、穀雨以降の茶葉を「雨後茶」といいます。清明節に近い時期に摘む茶葉は、特に香りと甘みがあり、高級茶葉の扱いをされます。

20230405seimei_05.jpg
◆◆「七十二侯」◆◆

初候「玄鳥至」(げんちょう いたる:つばめ きたる)
◇玄鳥(つばめ)が毎年いつものように南からやって来る時節。玄鳥=つばめの異称。
次候「鴻雁北」(こうがん きたす)
◇雁が北へ渡って行く時節。鴻雁=渡り鳥のがん(鴻鴈)北する=北方へいく、かえるの意。
末候「虹始見」(にじ はじめて あらわる)
◇雨の後に虹が出始める時節。

◆◆「4月の花」◆◆

「桜」さくら Japanese cherry 薔薇(ばら)科サクラ属 原産国日本
学名:Prunus × yedoensis(染井吉野)/Prunus lannesiana var. speciosa(大島桜)/Prunus jamasakura (山桜)
20230405seimei_09.jpg
日本の桜の8割以上が、薄いピンク色の花を付ける「染井吉野(そめいよしの)」です。白花でよく見かけるのは「大島桜(おおしまざくら)」。桜が満開で素晴らしい眺めのことを「桜花爛漫(おうからんまん)」といいます。

開花時期 4月1~10日頃。気象庁が発表する全国の桜の開花前線予想は、1日の平均気温が10度を超えたら「開花」とし、実際の開花宣言は各地の標本木の花の咲き具合をもとになされます。開花宣言から1週間ぐらいあとが見ごろです。
南北に長い日本の桜の開花時期は、3月中旬から6月中旬にかけて。新聞やテレビは、毎日、桜前線がどこまで北上したかを報じ、各地の桜の見どころを紹介します。

桜の霊「木之花咲耶姫(このはなさくやひめ)」が、最初の桜の種を富士山から撒き、「さくやひめ」の名から「さくら」になったと伝わります。「この花(桜)のように美しい姫」の喩え。
20230405seimei_06.jpg
江戸時代、駒込の染井村から植栽が始められました。はじめは見事な桜の代名詞として「吉野桜」と呼ばれましたが、誕生地の「染井」の名を加えて「染井吉野」と呼ばれるようになりました。

山桜は、花が咲くのと葉が出てくるのがほぼ同時で、葉が茶色いのが特徴ですが、5月を過ぎると緑色の葉になります。桜餅(さくらもち)に使われるのは大島桜の葉。独特の香りは、若葉を塩漬けにしてクマリンという成分の香りを引き出すことで生まれます。これは防腐剤の役目。

サクランボ」は、西洋桜などにしか実りません。ソメイヨシノなどの桜にも5月頃に赤い実がなりますが、サクランボより小さくて固いものです。日本の国花「」は、山桜のことです。ほかには「」。ソメイヨシノは東京都の花、富士桜は山梨県の県花です。

花言葉
 桜......「優れた美人」「純潔」「精神美」「淡泊」「優美」など。
 山桜=「あなたにほほえむ」

小野小町「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」(古今集・百人一首)

◆◆◆お花見◆◆◆

花見とは、桜の花を観賞するためにお弁当やお酒を持参して山野へ出かける行事のことです。もともとは3月3日「上巳の節句」と同じく、祓えのために山野へ出かける宗教的な儀式のひとつでした。期日も3月3日または4日と決められており、「花見の勧進」などという行事が行われていました。多くは4月8日を花見の日としていたようで、この日を「春の祭礼の日」とする社寺が多いことでもわかります。
20230405seimei_08.jpg
奈良・平安時代には、花を見て歌を詠んだり、踊りに浮かれたりという楽しみがありました。宮中では連日花の宴が持たれ、歌を詠み、酒を酌み交わしていました。この時代に花を詠んだ歌が、数多く残っているのはこのためでしょう。
20230405seimei_07.jpg
江戸時代になると、花見は庶民のあいだにも広がっていきました。江戸中期、元禄時代には盛んに花見が行われるようになり、かくして江戸は「花のお江戸」となったのです。

東京で桜の名所といえば、上野公園、新宿御苑、千鳥ヶ淵(皇居)、隅田公園、飛鳥山、小金井公園、井の頭公園、荒川堤、向島、江戸川、明治神宮、靖國神社などです。

お花見につきものなのが、花見団子桜餅。花見団子は、赤・白・緑の三色団子を串に刺したもの。桜餅は食紅で桜色に染めた餅を桜の葉で包んだものです。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
20230405seimei_010.jpg
今年は桜の開花がとくに早く、関東以西では3月中に満開に、東北でも観測史上最早の開花予想が出ているそうです。皇居の千鳥が淵の桜はすでに満開。桜並木を全長700mのLEDでライトアップした光景は実に幻想的です。今年も夜桜を観られることを嬉しく思います。
思い起こせば半世紀近く前、新入社員だった私の初仕事は、花見の場所取りでした。午前中から降っていた雨が夕方に止んだころ、桜並木がライトアップされたことを思い出します。
毎年のことですが、石神井公園や上野公園などで、マナーが悪くて近隣の住人に迷惑をかけたり、急性アルコール中毒で救急搬送されたりする人がいます。節度を持ってエコな花見を心がけましょう。
夜風は身体に毒です。夜桜見物でお風邪などお召しになりませんようお体ご自愛の程
筆者敬白

0321shunbun_01.jpg
◆二十四節気◆令和5年(2023)3月21日「春分(しゅんぶん)」です。◆
0321shunbun_02.jpg
令和5年(2023)3月21日6時24分「春分」です。旧暦2月、卯(う)の月の中気で、天文学的には太陽が黄経0度「春分点」を通過するときをいいます。

春分を境に昼がだんだん長くなり、気温も上昇していきます。この時期から「暑さ寒さも彼岸まで」といい春の訪れを感じられます。これは「冬の寒さは春分頃まで、夏の暑さは秋分頃までには和らぎ、凌ぎやすくなる」という意です。また、暦便覧「日天の中を行て昼夜等分の時なり」と記されているとおり、春分では太陽は真東から昇って真西に沈み、昼夜の長さがほぼ同じになります。

実際には、昼の方が夜よりも長いのです。春分の日の昼の長さは平均12時間7分、夜の長さは平均11時間53分です。そして、実際に昼夜の長さの差が最も小さくなる日は春分の4日程度前になります。
0321shunbun_03.jpg
◇春分の日◇
この日、国民の祝日「春分の日」となっています。「自然をたたえ、生物を慈しむ」との趣旨です。春分の日は、春の彼岸の中日にあたり、大東亜戦争前は「春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)」といっていました。

◇春季皇霊祭◇
「春季皇霊祭」とは、もと祝祭日の中の大祭日の一つで、毎年、春分の日に宮中の皇霊殿で行われる皇室の大祭で、天皇自ら歴代の天皇・皇后・皇族などの皇祖の神霊を祀る儀式です。春の春季皇霊祭、秋の秋季皇霊祭がそれぞれ春分の日、秋分の日です。

平安時代の中期以降は、京都御所の清涼殿・御黒戸の間において仏式で執り行われていました。しかし、明治の神仏分離令により、神式による祭儀に変更されました。「古事記」「日本書紀」などに、皇室による先祖を祀る祭儀が行われていたと記録されています。

■「七十二候」■
初候◆雀始巣(すずめ はじめて すくう)
   春の気ますます盛んとなり、雀が巣を作り構え始める時節。
次候◆桜始開(さくら はじめて ひらく)
   本格的な春となり、ようやく桜の花が咲き始める時節。
末候◆雷乃発声(らい すなわち こえを はっす)
   ◇遠くで雷音が聞こえる時節。

◆◆◆◆春分点とは◆◆◆◆
0321shunbun_04.gif
春分点は、天球上で黄道と赤道が交わる2つの交点のうち、太陽が赤道の南から北へ向かって横切る点のこと。この点が黄経0度で、赤経・黄経の原点となります。歳差により毎年わずかずつ移動し、20世紀末ごろに水瓶座に入ったといわれています。

「黄道」とは、天球上における「太陽の道」のこと。黄道は、赤道に対して23.4度傾いています。地球の公転面の垂線に対する地軸の傾きによるものです。

黄道と赤道の交点を「分点」といい、黄道が南から北へ交わることを「春分点」といい、黄道が北から南へ交わることを「秋分点」といいます。秋分点での黄経は、180度です。

「天の赤道」とは、地球上の赤道を天球に延長させた大円のことです。恒星や惑星の位置を決める基準となります。ちなみに「月の通り道」「白道」といいます。

◆◆春分の頃の花◆◆
0321shunbun_05.jpg
すいせん(水仙)、彼岸花科・すいせん属、開花時期は12/15頃~翌4/20頃

日本水仙、房咲き水仙など、早咲きものは正月前にはすでに咲き出している。3月中旬頃から咲き出すものは花がひとまわり大きいものが多い。ラッパ水仙や口紅水仙などの遅咲き系は、3月から4月頃に開花。地中海沿岸原産。平安末期に中国から渡来した。

漢名の「水仙」を音読みして「すいせん」になった。中国古典から「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という。きれいな花の姿と芳香がまるで「仙人」のようなところから命名された。

日本水仙が最もポピュラー。別名「雪中花(せっちゅうか)」、雪の中でも春の訪れを告げる花から。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
0321shunbun_06.jpg

雪や寒気の報道が続いた中での春分です。桜の開花予想が報道されています。今年は桜が早く開花するそうで、開花予想が報道されると寒い日でも春らしさを感じます。
同時に花粉の飛散時期でもあり、今年も花粉の季節がやってきます。「今年は花粉が少なめ」との報道は、近年覚えがありません。

早めの花粉対策を怠らないようになさってください。今年もマスクが離せない年になりそうです。
読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

事業再生

セントラル総合研究所
セントラル総研オフィシャル
返済猶予・リスケジュール
www.re-schedule.jp
八木宏之プロフィール
セントラル総研・八木宏之
株式会社セントラル総合研究所 代表取締役社長。連帯保証人制度見直し協議会発起人。NPO法人自殺対策支援センターLIFE LINK賛同者。
昭和34年、東京都生まれ。大学卒業後、銀行系リース会社で全国屈指の債権回収担当者として活躍。平成8年、経営者への財務アドバイスなどの経験を活かし、事業再生専門コンサルティング会社、株式会社セントラル総合研究所を設立。以来14年間、中小企業の「事業再生と敗者復活」を掲げ、9000件近い相談に応えてきた。
事業再生に関わる著書も多く出版。平成22年5月新刊『たかが赤字でくよくよするな!』(大和書房)をはじめ、『7000社を救ったプロの事業再生術』(日本実業出版)、『債務者が主導権を握る事業再生 経営者なら諦めるな』(かんき出版)、平成14年、『借りたカネは返すな!』(アスコム)はシリーズ55万部を記録。その他実用書など数冊を出版している。
著書の紹介はこちらから。

2024年4月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30